Friday, September 14, 2007

時間職人

 

僕は魚眼科学による粒子旅行に旅立つことにした。真夜中なのに遠くの空の夕暮れが雲を赤く染めていて、とてもきれいだったので、僕は泡パイプから細かな水蒸気となって空気中に浸透し、遠くの地平線に浮かぶ立方体の海を目指した。
僕は新しい街や人々と出会う度に、その物語をスケッチブックに図形楽譜として記憶していくことにした。歯車の楽譜を書いたのは、古びた街に住んでいる時計職人と出会った時だ。

時計職人は、街角の古い工房に一人閉じこもって時計の制作に没頭していた。彼が作っているのは、確かに時計だったけれど、彼はその時計に人々の意識に働きかける不思議な魔術を吹き込んでいた。
文字盤自体が回転し、数字が針から少しづつ逃げていく時計や、針が何本もポリ回転している時計、見たこともない暦が進んでいく時計、球体上を複雑怪奇に円形の針が移動していく時計など、どれも奇怪な構造をしている。
彼は泡と紫煙を吐き出す顕微鏡を眼から外すと、僕を見ながらこう語った。
「あなたの街では一体誰が時計を作り、時間を決めるのだ?私の時計は、宇宙の歯車を捉えたい。私は意識と宇宙の交差点を探っているのだ。私の時計は時間を支配する。」
僕は彼の言いたいことがよくわからなかったが、きっと彼は新しい時間の流れを発明しようとしているのだろう。彼はせわしなく数々の奇妙な道具を手にとると、再び時計の制作に打ち込んだ。
 
僕は旅に必要な時計をここで手に入れることにした。文字盤に奇妙な記号が並ぶ逆回りの時計だ。文字盤には更に細かな時を計る盤が回転しているが、一定ではない。時々横から出ているチューブからは、不思議な匂いのする煙が出てくる。これが僕の記憶を支配していく。
「時計の歪みは、自分自身の歪みと重なると、宇宙と共鳴するようにできている。」彼は叫んだ。
僕はこの時計を、楽譜とは別の記憶を辿るための装置として大切にすることにした。
 

 

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