
今日の夜風の匂いは、まだ2月だといふのに、春の匂いを含んでいるから、今日はお香を焚かずに、自然の香りを内的宇宙に浸透させる。吸い込んだ風は、肺の奥深くに通って、小さな火を灯す。この火は、とても遠くて懐かしい火なので、消えないように僕は静かに黙想する。
目をつぶると、真っ暗になった空間の内側で、にわかに夜の卵が割れて、その中から蒸気を吹き出しては幾何学で記憶する緑の魚が現れた。そして、僕の内側で起こっている記憶と温度の不思議な現象を科学的に分析していく。魚は僕の内部を丸い定規や透明なチューブ状の機械で計測するので、とてもくすぐったい。しばらくすると、魚は勢いよく産卵しながら、僕にこう言う;
「お魚は回っているんだ。お魚は回っているんだ!全ては幾何学の法則のように単純明快で、わたしはこの現象は、とても無機質で機械的だと計測するのです!一連の現象は、非常に電気化学的であり、時計仕掛けであります!そして、お魚は時間とともに回っているのです。お魚・・お魚はどこですか?お魚や筋子の中身は電気ですか?」
僕はその解析結果と質問にとても興味を持った。何故なら、蒸気を吹き出しては幾何学で記憶する緑の魚は、とても滑稽な生き物で、その生き物が僕といふ存在の潜在意識から浮遊してきたものだとすると、魚が言っていることと、僕という精神が夢想している間には、非常に大きなギャップがあったからだ。そして何より、その奇妙な魚は、非常に澄んだ緑の鱗を持っていて、僕はその鱗がとても気に入った。
すると、仕事を終えた生き物は何かに怯えるように興奮し始め、今度は自分自身の計測と分析に取りかかった。

春の匂いが肺の中で記憶の青を呼び覚ましている間、その魚は数少ない脳の神経細胞をフル稼働させて、幾何学図形を描きながら自らの仕組みを解読していく。やがて魚はみるみると自分を分解していき、その体を形成していたチューブや蒸気器官は、緑色の科学とともにまぶたの裏でばらけていった。
僕が驚いたのは、そのちりぢりに溶けていく魚の全体像は、まるで小さい頃に掻き混ぜたクリームの泡のように、また、イクラや筋子、数の子のつぶつぶのように、魚が産卵していた卵と同じ細かな粒状だったことだ。どんどんと小さくなり、丸くなり、仕舞には目に見えないほどの緑色の泡卵になってしまった。
すると、僕の視覚がおかしくなったのか、紫オレンジ色になったり、青緑セルロイド色になったりしながら、にわかに黙想中の僕の内的宇宙から口腔を経由して、夜風が漂う僕の周りの空気に混ざっていってしまった。
そして、その泡卵は雑音まじりの振動となりながら、また、空気中を伝わる透明な電波へと変化しながら、不可思議なミクロの物質世界へと溶けていってしまったのだ。
僕は緑の魚の冥福を祈って、もう一度夜風を吸い込んだ。すると、そこに泡立つ魚の記憶が僕の脳内で響き渡り、春の匂いと混ざりながら、透明な幸いの香りを体内に呼び覚ました。その時、僕はもう一度肺の奥に灯る小さな火を精神の奥で感じ取った。姿の見えなくなった泡卵は、この火を灯す細かな酸素のように、僕の周りに浮遊していた。
ポプラ・ポマル・・ポプラ・ポマル。
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